タガノマイバッハに学ぶ!勝つ競馬術!
| 【タガノマイバッハ】 過去に、重賞で己の実力を磨き、春の盾・天皇賞に果敢に挑んだ挑戦者たちは数多い。ごく一握りの競走馬が栄光を掴み取り、多くの競走馬たちが志半ば、ターフを後にした。残念ながらタガノマイバッハは後者の部類に入る。しかし、雑草魂を持つ彼の飽くなき向上精神は、多くの競走馬の鑑となったことであろう。こと、産経大阪杯で見せた追撃は目を見張るものがあった。 【主な勝ち鞍】 ・2003年中京記念【中京・芝2,000m】(GⅡ) ・2003年産経大阪杯【阪神・芝2,000m】(GⅡ) 【父:ダンスインザダーク 母:アフターザサン 栗東・松田博厩舎】 |
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クラシックでは芽が出なかった「逸材」
2歳10月にデビューしたタガノマイバッハ。クラシックを見据えるにはちょうどよい時期にデビューしたと言える。だが、新馬戦こそ4馬身差で圧勝したものの、勝ち切れない競馬が続く。いくら好戦したとしても、勝たなければ昇り詰めることができないのが競馬の世界。タガノマイバッハは3歳時において、500万下にとどまる「クラシック敗者」であった。条件戦を勝ち抜く
だが、明け4歳。タガノマイバッハの「才能」に息吹が感じられるようになった。1,000万条件、1,600万条件で見事な脚力を見せ、連勝を遂げたのである。遅咲きながら見事、花開いたタガノマイバッハの才能は衰えを見せることなく、さらに大きなものへと変貌を遂げていく。鞍上に安藤勝Jを迎えた中京記念では、中京コースの特性を熟知した鞍上のコーナーワークが冴えたこともあり、見事重賞初制覇を果たす。ここまで約3カ月の出来事であった。
大阪杯で見せたプライド
天皇賞を目指すうえで避けては通れない関門。そのうちの一つが産経大阪杯である。当時せん馬の代表格として名を馳せていたマグナーテンを最後の直線で射程に捉えると、そこから一気の伸び足。この4歳春に見せた「炎」は、逸材が見せた神々しい光であった。スポンサードリンク

