ネオユニヴァースに学ぶ!勝つ競馬術!
| 【ネオユニヴァース】 2000年生まれのネオユニヴァース。新しい世紀に「新しい宇宙」。颯爽と現れ、その役割を果たし終え、ターフを鮮やかに去った2冠馬である。2010年代を迎え、その「新しい宇宙」からもたらされた「彗星」たちが日本競馬界をリードしている状況は、ある種、必然の理であろう。サンデーサイレンス系の「正統派」として、今後も良質な競走馬を登場させるに違いない。 【主な勝ち鞍】 ・2003年皐月賞【中山:芝2,000m】(GⅠ) ・2003年東京優駿【東京:芝2,400m】(GⅠ) 【父:サンデーサイレンス 母:ポインテッドパス 栗東・瀬戸口厩舎】 |
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クラシック戦線の主役
デビューは2歳時の11月であるから、クラシック戦線には十分に間に合った。年が明け、きさらぎ賞・スプリングステークスを連勝。皐月賞の有力馬として存在感を内外に示し、順風満帆な船出であった。2冠馬誕生
当時、サクラプレジデントが「対抗馬」的な存在だった。だがネオユニヴァースは朝日杯、スプリングステークスとサクラプレジデントを抑えており、皐月賞を1番人気で迎えた。レースは短い中山の最後の直線を先に行くサクラを、後方から差し切るという「離れ業」を演じ、まず一冠目。続くダービーでは、重馬場適性のあるところを存分に見せつけ、差し切り勝ちを果たす。まさに新時代を予感させるような勝ちっぷりであった。
早すぎた引退、そして未来へ
ダービー後、休養せずに早くも宝塚記念に出走。これを境にネオユニヴァースの「輝き」は徐々にその光を失っていく。3歳秋、3冠のかかる菊花賞はザッツザブレンディ、ライバルのサクラプレジデントの後塵を拝し3着。そして翌年、屈腱炎と骨折を併発し、早すぎる引退となった。だが、種牡馬としていまや日本競馬になくてはならない存在となったネオユニヴァース。2009年のダービー、雨の中、激走を果たし戴冠したロジユニヴァースに、父の面影を思い浮かべた方は多かろう。
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