競馬

オグリキャップに学ぶ!勝つ競馬術!

【オグリキャップ】

「在野の皇帝」。オグリキャップは「怪物」という形容よりも、こちらのほうがよく似合っている。その出自や「成り上がり」方も含め、オグリキャップのような競走馬はそう目にかかれるものではない。まさに不世出の英雄といっても過言ではないだろう。

また、日本経済が最も輝いたバブル期に競走馬生活を迎えたことも相まって、オグリキャップは日本社会に一つのブームを到来させた競走馬でもある。

【おもな勝ち鞍】
・1988年有馬記念【中山・芝2,500m】(GⅠ)
・1989年マイルCS【京都・芝1,600m】(GⅠ)
・1990年安田記念【東京・芝1,600m】(GⅠ)
・1990年有馬記念【中山・芝2,500m】(GⅠ)

【父:ダンシングキャップ 母:ホワイトナルビー 栗東・瀬戸口厩舎】

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有馬記念2勝の真実

基本的にオグリキャップはマイルから2,000m前後が主戦場の競走馬である。2,400mで施行されるジャパンカップでは勝利したことがなく、競走馬生活晩年のジャパンカップは11着という惨敗ぶりである。

しかし、引退レースとなった同年の有馬記念では武豊を鞍上に迎え、見事同レース2勝目を上げて花道を飾った。タフなコースで知られる中山2,500mを得意にしていた背景としては諸説あるが、基本的には最後のコーナーで瞬発力が求められるコースの特徴に対し、オグリキャップのマイル脚力が適合した、ということがその最たる理由であろう。


クラシックとは無縁

笠松からの移籍組であったため、クラシック登録されていなかったオグリキャップ。そのため、NZT4歳や、高松宮杯を圧勝したのち、4歳(現3歳)秋にして、古馬に挑戦することとなった。天皇賞・秋の前哨戦である毎日王冠では鮮やかな差し脚を見せて勝利。

続く天皇賞・秋ではタマモクロスの2着に敗れるものの、結果としてこの挑戦がアイドルホース・オグリキャップを生み出したことに繋がったのである。


競馬ブームの立役者

武豊のデビュー時期とも重なり、オグリキャップが出走するレースは売上・入場者数ともに激増。また、「競馬は男性のもの」といった風潮が強かった当時において、女性ファンの獲得に貢献したという事実も忘れてはならない。

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